社長ブログ:時にふれてBLOG

完全主義を習い性とする

更新日:2022/01/17

今週の社長勉強会は、38回目「完全主義を習い性とする」98ページです。Miさんにお願いしていましたが、風邪で頭痛がすると休みましたので、先週に引き続き、私が読み合わせてコメントしました。

「完全主義を自分に課し、毎日を生きるのは大変つらいことです。しかし、習い性となれば、苦もなく出来るようになります。…完全な仕事の追求を、日々の習慣としなければなりません」と書かれています。

稲盛和夫さんは別のところで「よく90パーセントうまくいくと『これでいいだろう』と妥協してしまう人がいます。しかし、そのような人には、完璧な製品、いわゆる「手の切れる製品づくり」はとうていできません。『間違ったら消しゴムで消せばよい』というような安易な考えが根底にあるかぎり、本当の意味で自分も周囲も満足できる成果を得ることはできません」と話しています。この項目で言われていることは、全くその通りで完全主義を目指すことです。

「完全主義」と同意語として「完璧主義」があります。稲盛和夫さんは両方使っています。

「完璧主義」とは、物事に不十分な部分があることを許さず、不足や欠乏のない状態であることを求める考え方や性格などを指す表現で、また妥協を許さないさまや、ほどほどの加減を知らないさまを指す言葉、と辞書に記載されています。

ビジネスの世界では「完璧」と言っても、それは自分の価値判断によるもので、必ずしも客観的に正しい視点でのこだわりではない点や、チームで仕事をしていれば、全体最適を追及すべきですが、そんな事には関係なく、自分の想いにのみこだわり過ぎている点や、そのために仕事の処理能力にも問題を起こしやすいと評価される事が多いのです。

この様に、「完璧主義」はネガティブな印象が強いために、「完璧主義」と「完全主義」を敢えて違う意味で使うと言う考え方をされているケースもあります。
その考え方は、本当に仕事にとって客観的に大切な事を「完全」に遂行しようとするさまに、「完全主義」を使い、「完璧主義」と使い分けすると言うものです。

稲盛和夫さんが「完全主義」としているのは、そのような意味でしょうか。当社の成果品も完全主義で行きたい。修補で二度手間すると倍の時間が掛かります。業務の効率化からも、最初から完全主義を習い性とすべきです。

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