日刊せみなりーBLOG

社宅・・・・

更新日:2012/08/07

私は義母が大好きだった。
優しくて、曲がった事が大嫌い。

結構厳しい事をいうのだが、
優しさがにじみ出ているので嫌味がない。

面倒見がよくて、
知らない人でも困っていれば、

必ず声をかけていた。
話が上手な義母は、

よく、子供たち、すなわち、
我が夫や兄たちの、子供時代の話を教えてくれた。

『社宅では中野三兄弟と、有名だったの』
夫は三兄弟の末っ子である。

『わんぱくでね、色々あったけど、
所長さんの家の集合煙突から雪玉を投げ込んで、

そしたら、煤で真っ黒になった雪玉が、
所長さんちの居間に落ちて、

畳が真っ黒になってね、
わたし、泣きながら掃除をしたわ、

所長さんの奥さんは、
もういいですから・・って言ってくれたけど・・

煤って・・中々落ちないのよ。』
お義母さんの姿が見えるようだった。

士別にあったニッテンの社宅は、
かなり大きくて、

『社宅の中に銭湯もあって、無料だった。』
そうだ。

社宅は子供達で溢れ、
『俺は兄貴がいたから、いじめられる事はなかったな。

毎日、時間が立つのも忘れて遊んでいた・・』
夫は士別の話を懐かしそうにいつも言う。

昭和30年代の話だ。

今、
私は豊田市の娘の社宅に来ている。

夕方、少し涼しくなると、
外は小さな子供達の声で沸き返る。

『おかあさん、ここはまるで昭和だよ、
みんな、子供をたくさん作って、

大きな声で怒っているわ』
長女が言った。

ふと・・
今の時代でも、生活が安定していると、

子供をたくさん作るのかしらと、
思った。

40歳以上の古い古い社宅だが、
家族の原点を感じる声が響いている。

記事一覧