『ねえ、やっぱり、長財布買おうか』
お出かけ前の夫に言った。

モゴモゴN社長こと夫は、
本日も背広姿、

駅地下歩行空間で協会のお仕事がある。
その背広のズボンの後ろポケットは、

お財布でポッコリ膨れていた。
『いや、背広の胸ポケットには携帯を入れているから、

ここに財布は入らない。
それに、この財布は気に入っているし』

夫は、昔から半折財布を使っている。
それも、お尻のポケットに入れて。

そのお陰で、
JRの椅子に落として戻らなかったこともあるし、

近頃は、中年体型の所為か、
お尻のポケットが破れるようになった。

『もう！また破けたの！』
と私はブツブツ怒り、

『長財布にしたら？
お金も溜まるんだって』と勧めていたが、

中々うんと言わない夫に、
『そう言えば、亡くなった父の形見の財布があるはずだわ。

それなら、いいでしょ』
と提案した。

うちの会社の創業者である私の父は、
かなりのお洒落さんで、良いものを身につけていた。

『そうだな、お義父さんの形見なら持つ』
と言うので、母に形見の財布を出して貰ったら、

『あれ？これしかなかった？！』
出されたのは、オーストリッチの半折財布だった。

夫は一目で気に入り、
今日もお尻のポケットに入れていた。

うーん、しばらくは仕方がないか。
父の形見なので、

夫を守ってくれるかもしれない。
それにしても、

男性のお財布は困りものだ。
セカンドバックを持つ習慣のある人は良いが、

ほとんどの男性は、
何も持たない。

背広一丁で歩いている。
携帯、財布、ハンカチ、ティッシュ…

どこに入れているのだろうか。
ベルトに携帯をつけると、

上着が膨れて格好が悪い。
長財布をお持ちの方は、

胸ポケットから颯爽とお財布を出し、
素敵だが、小銭はこれまた小銭入れへ。

中には、
ズボンのポケットに、

ジャラジャラの殿方もおられる。

私は夫には、
格好良くいて欲しいと思っている。

もちろん、
ズボンのポッケも破らないでほしい。

スマートな紳士であってほしいが、
本人は一向に気にならないらしく、

やっぱり、父の形見の財布で、
ズボンのポッケはぷっくりだ。

持ち物が増えた昨今は、
男性の方が格好良くいるのは、

大変なのかもしれない。

それにしても、
父の長財布はどこにいったのかしら。

父の、
格好良く胸から長財布をだす姿が目に浮かんだ。