日刊せみなりーBLOG

私事ですが!

更新日:2016/03/06

今日は、超個人ブログ!
誕生日なので、お許しを!

で、本日、
私は、61歳になった。

新聞などで、
この年齢だけを見ると、

すごーい年に感じるけれど、
実際は、

年と感じていない方が、
殆どではないだろうか。

私は、昭和30年生まれ、
母は、体が弱く、

随分と決意をして、
私を産んでくれたようだ。

ものすごい母親っこで、
中学生になっても、

母と寝るのが好きだった。
その分、父親との接点は少なかったが、

小学校高学年になってからは、
父とキャンプに行ったりした。

ほとんど、
両親に怒られることもなく、

愛されて、
のほほん、と、育ったのだな、

と、近頃、
思う。

体も、気も弱かった私は、
いつも、7歳年上の姉の後を付いていった。

多分、邪魔だったろうな、
と、これも近頃、思う。

いつも姉に、
『遊んでって言って。』

と、
友達の輪に入る手伝いをして貰っていた。

この気の弱さは、
今も健在で、

実は、
一人でいるのが、

一番気が楽だ。
私は娘たちには、

『自分の洗濯は自分でしなさい!』
『ご飯は、適当に作って食べて!』

と、
自立思考で育てたが、

自分とは言うと、
中学校一年の時、

病院に行き、
診察後、母が私の着替えを手伝って、

小児科医に、
『お母さん、やりすぎです!』

と怒られるほど、
過保護に育った。

これじゃあ、
いかん、、、と、自分でも思い、

看護学校では親元から離れたのが、
良かったのかも知れない。

それでも、
子育てしながらの共働きでは、

どれほど、
両親や姉、叔母、祖母に、

助けられたか、
わからない。

思い返せば、
生まれてから、ずーっと、

周りに助けられて、
やっと、生きてきたような気がする。

結婚後は、
夫に助けられた。

そして、今は、
娘家族に助けられている。

会社では、
『あのさあ、このさあ』の、

私のわがままに、
付き合ってくれる社員がいて、

会社を一歩出ると、
『中野さん、大丈夫?』

と、
力になってくれる友人は、

わんさかいる。
体も気も弱くて、

後ずさりしていた私を、
みんなが、よいしょ!と、

前に進ませてくれる。
それで、ここまで生きてこられた。

【人】に恵まれて、
超幸せな61年間だった。

皆さんに感謝!だ。
でも、1番は、

私を、
この世に送り出してくれた両親に、

『ありがとうございました!
おかげ様で、

幸せに生きてこられたと、
思っています!』と、伝えよう。

さあ、
人生の3分の2が終了し、

〆の3分の1がスタートした。
なんだか、ワクワクと、

笑顔が溢れる誕生日だ。

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