日刊せみなりーBLOG
お別れの日は…
更新日:2014/08/15
若い頃のお盆休みは、
家族旅行が定番だった。
この補償セミナリーの創設者である私の父は、
樺太からの引き揚げ者で、
引き揚げ後は、
北海道庁に務め、自分の家族だけでなく、
妹たちも大きくした。
そんな父は、
夏休みになると親族で旅行に行くのを、
楽しみにしていた。
叔父叔母従兄弟、
大勢で温泉に行った。
子どもたちは、
父からだらせんのお小遣いを貰い、
日頃は行けないゲームセンターに行く。
大人は、部屋に着くと早速ビール!
ワイワイガヤガヤ、
大騒ぎのお盆だった。
そのうち、
従兄弟子どもは大きくなり、
それぞれの家の事情で参加が減り、
いつの間にか合同旅行はなくなった。
気がつくと父も年を取り、
『お前たちでどっか遊びにいけ』
とお小遣いだけくれるようになった。
その父が亡くなったのは、
お盆の14日だ。
病院に付き添っていた私は、
その日の朝、病室を移してくれるように頼んだ。
父が入っていたのは、
詰所の前の重患用の2人部屋だった。
この部屋では、
みんなに来てもらってさようならは言えない、
と思った。
人工呼吸器をつけたまま、
父は大きな個室に移った。
父が喜びそうな、父にお似合いの部屋だった。
父の最後に、
集まれる親族全部が集まった。
お盆には一緒に旅行に行った面々だ。
大きな個室はいっぱいになり、
みんな父のベットの周りに、
集まった。
私は、15年間看護婦をして、
多くの方を見送ったけれど、
あれだけ多くの人が、
最後のお別れを言えたのは、あまり知らない。
家族だけでなく、
父の妹夫婦や姪甥の家族、母の甥家族など、
総勢30名近かった。
『ありがとう…』みんなが口にした言葉だった。
父の最後のお盆休みは、
また、父の愛した人たちと一緒だった。
面倒見が良くて、人が良く、
太っ腹だった父、
みんなに愛された父だった。
あれから8年、
つい昨日のように思い出される14日だ。
