日刊せみなりーBLOG

マチを歩けば

更新日:2019/07/10

今日は、
旭川ドライブの旅。

朝、7時半に会社を出て、
9時半には永山にあるお客様の所に着いた。

これが、
8時に出ると、

約束の10時には
間に合わない。

札幌市内が混むのだ。
それにしても、

旭川は近い!
と、

同行したカッコマンH君と
気遣いU君に言ったら、

あー

と言う返事。
まあ運転しているのは2人だから。

とも
思ったが、

いや待てよ。
ちょっと違うかも。

もしかして、
私の中にある旭川の近さが、

余計にそう思うのでは
なかろうか?

と、
気がついたのだ。

旭川には、
経営者のお仲間がたくさんおり、

仲良くして貰っているし、
仕事でも数多く行き、

思い出がいっぱいある。
仕事だから、

大変な現場もあったが
元気よくみんなで頑張った現場だから、

全てが楽しかったり、

語りグサになるような
思い出深い旭川だった。

だから、
時間だけでなく、

私にとって
旭川は、明るい場所。

でもある。

どんな土地でも、
人は、

自分の中の思い出と
繋げているのではないだろうか。

私は
小樽にNPO法人を作った。

小樽の古い建物を使いたい人と
所有者をマッチングする事業をしている。

それは、
7年前、ふと思いついて、

必死になって仲間を集めて
始めた活動なのだけれど、

ふと思いついた割には、
一生懸命で、

私はなんで
こんなに一生懸命になるんだろう。

このマチに
どうして惹かれるのだろうか?

と考えていた時
思い出したのは、

30年も昔のことだった。

当時一緒に働いていた、
後輩の親御さんの通夜に小樽に行った時のことだ。

小樽の、
古い町内会館で行われた通夜から、

一歩真っ暗な外に出た時、

坂道を照らすオレンジ色の街灯、
坂の両側に建つモルタルの古い家々、

遠くに見える暗い海
その全てが、

後輩の悲しみを包み込むようだった。

『このマチ、
Mさんの悲しみがわかるのね』

そんなことを
言ったような気がする。

そして、
そのことをずっと忘れていたのに、

30年後
私は小樽にNPOを起こした。

私は小樽でNPOの活動をするうち、
もっと小樽に惹かれるようになった。

あの時、
自分が感じたことは

間違いではなかったのだと。
自分で感じることが、

一番大事なのだと。
だから、

知らないマチに
どんどん行こうと思う。

今まで知らなかった感動が
待っているに違いないから。

このブログ、
最初につけた名前は、

この北海道の広い空の下で

だった。
北海道の全てのマチが

元気になるようなお手伝い、
したいなあ。

と、思った。

お節介の達人
マチづくりのご相談承り役 中野むつみでした。

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