日刊せみなりーBLOG

室蘭で

更新日:2019/10/16

昨日は函館、
今日は室蘭、なので、

2日続けて、
秋の太平洋を見た。

今の時期、
太平洋側は天気が良くて

気持ちがいい。
私は、看護学校の3年間を

室蘭で過ごした。
父親が胆振支庁に転勤していたので、

行ったわけだが、
父はすぐに札幌に戻り、

結果、
楽しい学生生活!となったわけだが、

看護学生というのは、
思いのほか、勉強が厳しい。

というか、
当時は実習が多くて、

中々大変だったが、
室工大のサークルが楽しくて、

いやはや
青春を謳歌していた。

なので、
学校があった中央町付近と

室工大があった水元町の行き来で
3年間が終了した。

今日は、
高速道路から白鳥大橋を渡り、

旧駅舎近くの
合同庁舎を目指したのだが、

後ろの座席で
キョロキョロしていたら、

あら、
港って、

こんなに近かったの!
と、驚いた。

建物が少なくなったから
港が見えるのか、

はたまた
昔からあったのか?

ボートが停泊している港は
合同庁舎から車で何分かの

ところにあった。
私は、3年間、

本当に
何を見ていたのだろうか。

ただし、
と言ってはなんだけれど、

山側は見ていた。
測量山にはよく登ったし、

室蘭の建物が、
一面を岩につけて建っているのも

知っていた。
今は少なくなったと思うけれど、

昔は、
家の山側の外壁は岩!

といううちも
あったのだ。

でも、
港には興味がなかった。

もしかしたら、
函館ドックが大きくて、

港が見えなかったのだろうか。

白鳥大橋ができて、
日鋼新日鉄を上から見ることが

できるようになった。
まるで、

宮崎駿の映画の舞台のようにも
見える。

錆びた巨大な工場が
魅力的だ。

私が室蘭にいた時は
高度経済成長の真っ只中で

中央町も人で溢れていた。
それが、

瞬く間に
人口が減り、

中央町のアーケードは
取り外された。

室蘭の姿がどんどん変わり、
おい!大丈夫か!室蘭!

という感じだったのだが、
それを通り越した今、

室蘭も次の段階に来ているのでは?
と感じた。

静かになった海にボートが浮かび、
白鳥大橋から眺めると

鉄の工場は、
長い年月をかけなければ、

けして出すことのできない空気を
醸し出し、

駅には、
室工大の学生生協とコラボした、

鉄のなんたらを
クッキーにしたお土産が売っていた。

小樽もそうだけれど、
スターの時期が終わり、

もう一度ドサ回りをしていた昔の人気俳優が、
苦労の末人間味も芸も深まり、

もう一度、
本当の意味の名優として

再出発する。
室蘭もそんな時期に来ているのでは

ないかと感じた。
今日の出張の相棒は、

カッコマンH君と
ねあかのT君だ。

二人とも
今の室蘭しか知らない。

それでいいんじゃないのかな、
と、

今の宝を感じた今日だった。

お節介の達人
マチづくりのご相談承り役 中野むつみでした。

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