社長ブログ:時にふれてBLOG

正しいことを求める

更新日:2021/09/13

今週は62ページ「正しいことを求める」です。Uさんに読み上げと感想を出してもらいました。「正しいこととは何かを考えました。人によって価値観が違います。哲学者のように正しさを考える。お笑いでは面白いことが、結婚式などでは失礼の無いことが正しいことなのか。満員電車の中で幅をとって譲らない人もいる。正しいこととは、社会・家族の中で何を思って何をするという信念が大事と思う。目に見えない基準の中で基準を作って実行していく、幸せになっていく」との感想を頂きました。また、Hさんに振って「人それぞれで難しい考えです。八割の人が正しいと思うことでも、あとの二割の人が間違いと言うこともない、その人方にとつては正しいことでもあると思います」と意見を出してもらいました。私のコメントは

「人間として何が正しいのか」ということを、常に自分に問い、求めていたような気がします。「天はそのような努力、誠実、勤勉さの前には、必ず頭を下げるはずです」と述べています。

経営の神様と言われる稲盛和夫さんは「人間として…」、松下幸之助さんは「日本として…」の思想の違いがあり、中国の人たちは稲盛和夫さんの哲学に共感し、盛和塾塾生が多く入塾していたと聞きました。そして「1つの自力と2つの他利」の哲学では、「自らが人のためにと利他の心で誰にも負けない努力を重ねる(自力)と、2つの他力が現れる。それは自分の周りの人たちからの協力と宇宙の意志と調和した偉大な『天の力』です」と話しています。

また、正しいこととして「嘘をつかない、人に迷惑をかけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかり考えてはならない」と具体的にプリミティブな例を挙げています。

この「正しいこと」の概念は、人それぞれで難しいかもしれません。『稲盛和夫の実学』では、「人間としての基本的なモラル、利他心に基づいて何が正しいのかを基準として判断することが最も重要である」、「誰から見ても普遍的に正しいことを判断基準にし続けることによって、初めて真の意味で筋の通った経営が可能となる」とも述べられています。

 私の道徳観、倫理観は父母から教えられました。特に母は昭和15年からの北海道女子師範学校の一期生で才女で教員でした。お節介で黙ってはいられない人でした。バスで若い人が年寄りに席を譲らないときは、その子たちに説教するという正義感の強い人でした。また親父は、不断は優しい人でしたが、友達に誘われて会社の金属雑品を盗んで売ったときは、烈火のごとく叱られ拳骨を食らいました。そんな父母のもとで倫理観が出来上がったと思います。そのプリミティブで原則的な、そして普遍的な「正しいこと」の教えを生涯貫いていこうと考えています。

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